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大阪高等裁判所 昭和26年(う)590号 判決

控訴人 大阪地方検察庁岸和田支部検事 黒田静雄

被告人 橋本忍

検察官 折田信長関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月に処する。

但し弐年間右刑の執行を猶予する。

原審の訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の理由は末尾添付の控訴趣意書の通りである。

第二点について、

原判決は本件業務妨害の公訴事実について、被告人は工場内モーター室において勝手に同室配電盤に設置のスヰツチA3、5、B1、2、3、及びモーターに設置のA12、4、B4の各スヰツチを切り折柄運転中のモーターを停止せしめ織機三二〇台の運転を止め因て一時操業を不能に陷れたと云う事実を認めながら、当時配電室には何人も存せず従て被告人は他人の意思を制圧するが如き行動を用いて前記行為を為したものとは認められないと説明して被告人の行為は罪とならないと断じていることは所論の通りである。しかし当審の検証調書によれば同工場における配電の設備は同室に設置のスヰツチを切ればモーターが停止し織機の運転が止る仕掛けとなつているのであるから、織機の運転停止は被告人のスヰツチ切断なる行為が必然的に発生せしめた状態換言すれば被告人の行為の延長に外ならないのである。そして被告人の行為により発生した織機の運転停止なる状態は操業中の工場従業員の自由意思を制圧する勢力に当ることは極めて明白である。蓋し、操業中の工場従業員は操業に従事していること自体によつて、操業を継続する自由意思を表明しているものに外ならないのであつて被告人の行為は明らかに右自由意思の遂行を制圧し、業務妨害罪を構成するものと云わねばならないのである。結局原判決は法律の解釈を誤り、犯罪を構成する事実について無罪を言渡したものであつて、この点において破棄を免れないのである。論旨は理由がある。

第一点について。

論旨は住居侵入罪について量刑不当を主張するのであるが、これと業務妨害罪とは互に手段結果の関係にあるからこれを後に一の牽連犯として処断量刑する場合に考慮するであろう。

以上説明した理由により原判決を破棄し、直ちに判決することができると認め、刑事訴訟法第三百九十七条第四百条但書に従い次の通り判決する。

被告人は元岸和田市西大路町所在近江絹絲紡績株式会社岸和田工場の工員であつたが、昭和二十五年十一月十二日同工場を解雇せられたものであるところ、同月二十三日午後一時十分頃同工場守衛吉田杢三郎等の制止もきかず表門から故なく同工場内に侵入し同モーター室において勝手に同室配電盤に設置のスヰツチA3、5、B1、2、3、及びモーターに設置のA12、4、B4の各スヰツチを切り折柄運転中のモーターを停止せしめ織機三二〇台の運転を止め因て一時操業を不能の状態に陷れ以て右工場の業務を妨害したものである。

右事実は

一、原審第二回公判調書中証人大田通夫、同吉田杢三郎の供述記載

二、杉橋伝、川崎政雄、高橋竜樹の権察官に対する各第一回供述調書の記載

三、大田通夫作成の被害顛末書の記載

四、当審の検証調書の記載

を綜合してこれを認める。

法律に照すと被告人の判示所為中住居侵入の点は刑法第百三十条罰金等臨時措置法第三条第二条に業務妨害の点は刑法第二百三十四条罰金等臨時措置法第三条第二条に該当し、以上は互に手段結果の関係にあるから、刑法第五十四条第一項後段第十条により重い後者の刑に従い、所定刑中懲役刑を選択して被告人を懲役六月に処し、同法第二十五条により二年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用の負担については刑事訴訟法第百八十一条に従い主文の通り判決する。

(裁判長判事 斎藤朔郎 判事 松本杢三 判事 網田覚一)

検察官の控訴趣意

原審判決の要旨は

第一「被告人は岸和田市西大路町所在近江絹絲紡績株式会社岸和田工場の工員であつたが昭和二十五年十一月十二日同工場を解雇せられたものであるところ同月二十三日午後一時十分頃同工場守衛吉田杢三郎等の制止もきかず表門から故なく同工場内に侵入したものである。」との公訴事実を認め被告人を罰金二千円に処し

第二「被告人は判示日時頃判示工場内モーター室に於て勝手に同室配電盤に設置のスヰツチA3、5、B1、2、3及びモーターに設置のA12、4、B4の各スヰツチを切り折柄運転中のモーターを停止せしめ織機三二〇台の運転を止め因て一時操業を不能の状態に陷れて右工場の業務を妨害した」との公訴事実に付ては証人吉田杢三郎の当公廷に於ける供述、杉橋伝及び川崎政雄の検察官に対する各第一回供述調書並に大田通夫作成の被害顛末書を綜合すれば右事実は認め得るところであるが刑法第二百三十四条に所謂業務妨害罪は威力を用いて人の業務を妨害することを要し従て何等かの方法に依り他人の意思を制圧するが如き行動があることを要件とするものと解すべきところ前掲各証拠によれば前記配電室には当時何人も存せず従て被告人は他人の意思を制圧するが如き行動を用いて前記行為を為したものとは認められないから此の点については民事上の損害賠償義務は格別刑法第二百三十四条には該当せぬものと謂わざるを得ない。検察官は被告人が為した前記行為自体が「威力を用いて」の要件に該当するものと主張するけれども之を採用しない。依て業務妨害の公訴事実については罪とならないものと認め刑事訴訟法第三百三十六条に依り無罪の言渡しを為すものである。と謂うにあるが第一の住居侵入の事実に対する量刑は余りに軽きに失し第二の業務妨害の事実に対する無罪の認定は法の解釈を誤りたる不当なものであると思料する。即ち

第一については

被告人は昭和二十五年十一月十二日前記工場を解雇せられたものでありて同月二十二日高橋竜樹外数名と共に自動三輪車に赤旗を立て拡声器を備え同工場前に乗り付け工員大会を開く旨を宣伝して去り翌二十三日高橋竜樹と共に工場に至り守衛吉田杢三郎等の制止もきかず被告人は同工場内に侵入し織機の運転を止め操業を不能ならしめその機会を利用して工員を煽動しストライキに入らしめんとの意図の下に直にモーター室に入り配電盤設置のスヰツチを切り折柄運転中のモーターを停止せしめて織機三二〇台の運転を止め因つて全工員をして操業不能の状態に陷れて右工場の業務を妨害し多額の損害を蒙らしめたが従業員川島政雄等に阻止せられストライキ煽動の目的を遂げなかつたものであつて右事実は証人吉田杢三郎の公判廷に於ける供述杉橋伝、川崎政雄及高橋竜樹の検察官に対する各第一回供述調書押収に係る宣伝ビラ等に依り明確であり原審判決の是認している所である。即ち事件は被告人が右工場を解雇せられた事を怨み高橋竜樹等にその不満を訴え同人等の支援を得て叙上の如く前日同工場前に於て気勢をあげ更に当日強引に同工場内に侵入してモーターのスヰツチを切り平静に就業中の工員をして操業不能に陷れその混乱に乗じ工員を煽動して工員大会を開かしめストライキに入らしめて会社に対抗せんと計画して敢行せられた犯罪であつてその間同工場工員達の意思とは何等の関係なく又特に工員全般の具体的利益を主張しようとしたものでない事は前記証人の供述によつて明かである。被告人の右所為は単に被告人の利己的な心情に起因するものと認められるばかりでなくその行為は同工場の秩序を著しく攪乱したるは勿論延ては累を他工場に及ぼす虞れあり殊に此の種暴挙が各地に頻発している現在の情勢下に於て一般生産部門に与える悪影響は蓋し深刻なものがある。而も被告人は此の種犯人の通例に洩れず自己の不法行為に対し何等反省する所なく一点の悔悟の情の認められざるのみならず寧ろその暴挙を英雄的行為なりと自負する態度傾向を示している。若し之に臨むに徒らに寛容を以てするならば却つて益々此の種の犯行を助長せしめる結果となることは明かと謂わねばならない。然るに叙上の如き悪質なる意図の下になされたる事は住居侵入罪に臨むに原審判決が僅か二千円の罰金刑を以てしたのは本件事案の本質を余りにも軽視し現下の社会情勢並に生産部門に対する悪影響への考慮に欠くる所ありと云はざるを得ないのであつてその量刑甚だ軽きに失し科刑の目的を達する事は到底望むべくもなく首肯し得ない所である

第二については

前掲の如く原審判決は「当時モーター室には何人も存在せず従つて被告人は他人の意思を制圧したものではないから業務妨害罪は成立しない」となして居るが本件事案はモーター室に於ける係員の業務を妨害したと云うのではなく「被告人が擅にモーター室のスヰツチを切り織機三二〇台の運転を止め因て一時操業不能の状態に陷れた事実」が問題なのである。原審判決が此の事実を事実として認定しながらモーター室に於ける人の存在にのみとらわれ「当時モーター室に何人も存在せず従つて人の意思を制圧したものでない」と説くのは法の解釈を誤り判断を尽さざるものである。当時右工場の全工員達は何れも作業を行う意思を以て平静に操業していたものであつて右は当時工員達が皆夫々平常通り操業中なりし事実及織機の運転が急に停止するや驚いて直にモーター室に駈付けスヰツチを入れた上時を移さず織機の停止により生じた糸の切断又は織段(織物の疵)等を補修し再び操業を継続した事実に徴し明である。被告人は斯る平静に操業中の全工員に対しその作業を妨害する意図の下に擅に電源スヰツチを切り織機の運転を停止せしめ因つて全工員をしてその意に反して操業する事能わざる状態に陷れたものであつて被告人のスヰツチ切断行為は即ち直接工員の作業意思を制圧した威力に外ならないのである。然るに原審判決が「刑法第二百三十四条の業務妨害罪は何等かの方法により他人の意思を制圧するが如き行為ある事を要件とするものと解す」と述べながら右の如く被告人が擅にスヰツチを切り織機の運転を突如停止せしめ因つて工員の作業意思を制圧した事実を無視し「配電室には当時何人も存在せず従つて被告人は他人の意思を制圧するが如き行動を用いて前記行為をなしたものと認められず」となすは法の解釈を誤り之を威力を用いたるものに非ずとなしたる独断的見解であつて承服し得ざる所である。

刑法第二百三十四条に所謂「威力」とは「他人の意思を制圧するに足る行為」の意なりとなす事従来大審院判例のとる所であつて原審判決は或は之を解して「人に対し直接暴行脅迫強談威迫その他人に心理的抑圧を与うるに足る行為を加えそれによりその人の意思を拘束した場合のみ」を指称するものとし本件に於ては当時電源室に何人も存在せず従つて直接人の意思を制圧してスヰツチを切つたものでないから威力を用いたものに該当せず」と解したるやも計られないが刑法が「信用及業務に対する罪」なる一章を設け虚偽風説の流布偽計の行使と並べ威力による業務妨害罪を規定した所以は欺瞞乃至暴力的手段により人をしてその目的意思により業務の遂行をなすを不能乃至困難ならしむる一切の行為を排除し以て人の経済方面に於ける安全を保護せんとするにあるを顧るに於ては苟も不法なる暴力的行為により人をしてその自由意思により業務を遂行する能わざる状態に陷らしむる場合はその行為が直接人に対すると物に対するとを問わず広く「威力を用いたるもの」と解するを相当とすべく本件に於て被告人がスヰツチを切る迄の経過に於て人の意思を制圧せざりしとするも既に不法にスヰツチを切る事により全工員をして操業せんと欲して操業する事能わざる状態に陷れたものなる以上威力を用いて工員の意思を制圧したるものと解すべきであつて現に昭和十二年二月二十七日大審院判例(昭和十一年(れ)第二六八二号)は「競馬の挙行を妨害する意思を以て競馬場の走路第三コーナー附近に平釘一樽を撒布したる行為」を目し威力を用いて競馬倶楽部の業務を妨害したるもの」となしている所である。被告人は不法にスヰツチを切つたものである。之暴力的行為と云うべきである。それにより織機の運転は突如停止し工員は操業せんと欲して操業する能わざる状態に陷つたものである。之人の意思を制圧したものに外ならない。斯くして既に工場の業務は妨害せられ莫大なる損害は発生したのである。原審判決は之に対し当時モーター室に何人も存在せざりしとの一事を理由に民事上の損害賠償の問題は別とし刑法上は放任行為にすぎざるものとす。斯くては概ね此の種犯人の社会的経済的地位に照し被害者に於ては所謂泣寝入りの外なかるべく事実上法の保護の埒外に放置せらるゝに等しく刑法が業務妨害罪の規定を設け人の経済的安全を保護せんとする趣旨は全く没却せられ社会治安を維持する能わざる事明であつて原審判決は極めて不当である。

之を要するに原審判決は極めて独断的見解に終始し法の本旨に副わざるものと云うべく本件第二の公訴事実は当然業務妨害罪の成立を是認すべき筋合なりと信ずる。敍上の理由により原審判決は之を破棄し住居侵入に付ては体刑を選択し業務妨害については有罪を認定し被告人に対し体刑に処する判決をされるべきであると思料する。

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